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	「発達障害」が先進国で多く、途上国で少ないのはなぜ？/発達障害と呼ばないで へのコメント	</title>
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	<description>発達障害と多様な生き方を提供する総合メディア「みんなが羽ばたける社会へ」</description>
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		<title>
		moimoigugu より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-89</link>

		<dc:creator><![CDATA[moimoigugu]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Oct 2019 20:34:29 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[発達障害の特徴だけが独り歩きしてしまい、その特徴が出る人と接する側の人にその特徴とされる傾向が出やすい人と接する側の人の性格や対応能力で増える傾向にあると私も大いに思いました。柔軟性のある人であれば「発達障害」だと判断しない行動がとれるけれども、その対応能力や置かれる環境の中で様々な理由により十分な理解と判断ができない人が多い程、「発達障害」の枠に自分にとって扱いにくい人を分類する事で立場上、楽になる場面がある。まさしく先進国においては酷くなっていると感じる。皆個々の時間に追い回され、忙しい又ストレスを抱えてしまいがちな為人に対しての理解を深める努力や時間がないのだとおもう。発展途上国においては、生活が苦しい又いろいろな事において困難な環境下に強いられるケースが多いが希望を持ち、忍耐力が備わっているし人に対しての思いやりも自分自身の苦しさや辛さや悲しさを経験することで相手に優しくなれる。思いやりや理解が「愛情」として相手に対する柔軟性が生まれるから「発達障害」である人、もしかしたらそうであるかもしれない人もそう診断される段階まで深刻にならず、問題ないコミュニケーションとなるからだと同感しました。特に教師やスポーツのコーチ等教育の立場にいる人たちに忍耐力が先進国は低いと感じる。その理由は彼らが時間に追われ、不満やストレスをコントロールできていないからです。そのために、「発達障害」とされた子供たちがいる事実は否定できないと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>発達障害の特徴だけが独り歩きしてしまい、その特徴が出る人と接する側の人にその特徴とされる傾向が出やすい人と接する側の人の性格や対応能力で増える傾向にあると私も大いに思いました。柔軟性のある人であれば「発達障害」だと判断しない行動がとれるけれども、その対応能力や置かれる環境の中で様々な理由により十分な理解と判断ができない人が多い程、「発達障害」の枠に自分にとって扱いにくい人を分類する事で立場上、楽になる場面がある。まさしく先進国においては酷くなっていると感じる。皆個々の時間に追い回され、忙しい又ストレスを抱えてしまいがちな為人に対しての理解を深める努力や時間がないのだとおもう。発展途上国においては、生活が苦しい又いろいろな事において困難な環境下に強いられるケースが多いが希望を持ち、忍耐力が備わっているし人に対しての思いやりも自分自身の苦しさや辛さや悲しさを経験することで相手に優しくなれる。思いやりや理解が「愛情」として相手に対する柔軟性が生まれるから「発達障害」である人、もしかしたらそうであるかもしれない人もそう診断される段階まで深刻にならず、問題ないコミュニケーションとなるからだと同感しました。特に教師やスポーツのコーチ等教育の立場にいる人たちに忍耐力が先進国は低いと感じる。その理由は彼らが時間に追われ、不満やストレスをコントロールできていないからです。そのために、「発達障害」とされた子供たちがいる事実は否定できないと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		DJANGO より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-86</link>

		<dc:creator><![CDATA[DJANGO]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Oct 2019 04:32:09 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[数が多い少ないではなく、発展途上国ゆえ「発達障害」という概念に関して様々な点で理解・学習不足なだけで
「当人が発達障害」と認定されない場合が多いだけで潜在的にはそれなりに存在している、という気はする。
ただ発展途上国では「先進国ではなく、途上国だからこそ自分の力で切り開かねばならない」局面がそれなりに
多く、そのため仮に「発達障害」であったとしても「自然に身についた生活力」でそれをある程度カバーできる
余地があるようにも思える。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>数が多い少ないではなく、発展途上国ゆえ「発達障害」という概念に関して様々な点で理解・学習不足なだけで<br />
「当人が発達障害」と認定されない場合が多いだけで潜在的にはそれなりに存在している、という気はする。<br />
ただ発展途上国では「先進国ではなく、途上国だからこそ自分の力で切り開かねばならない」局面がそれなりに<br />
多く、そのため仮に「発達障害」であったとしても「自然に身についた生活力」でそれをある程度カバーできる<br />
余地があるようにも思える。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		うらうら より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-82</link>

		<dc:creator><![CDATA[うらうら]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Oct 2019 15:50:08 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[発見されているかどうかは、そこに「発達障害」と名付けなければならない事情があるからではないか。途上国にも潜在的にはいるはず、というご意見はあたっているかもしれないが、途上国ではべつにとりたてて「障害」というレッテルは必要ないということではないだろうか。たしかに途上国の「絆のある社会が子どもの育ちを守っているので、発達障害が生まれにくい」というこの筆者の説にも一理ある。健全な愛着が守られていれば発達障害にはならない、とこれは非常に端的に言っているので危険かもしれないが、そういうことがおっしゃりたいのだろう。
『岩合光昭の世界ネコ歩き』という番組をご存知だろうか。あれを見ていつも思うのは「先進国の猫は太っていて、途上国の猫は痩せている」ということだ。GDPが猫の体重に比例しているのである。しかし重要なのは「その猫が幸せかどうか」だ。途上国の猫は好きに歩き回り、家の中に閉じ込められることもなく、近所の人全員に可愛がれらていたりするが、食べ物は貧しい。病気になっても獣医にかかることはないだろう。ワクチンも打っていないだろう。一方、先進国の猫は首輪をつけられ、生肉など贅沢なものを食べているが、衛生的で美しい家の中で一日中共働きで出かけているご主人を待っているのかもしれない。しかしここで、どちらが良くてどちらが悪いと言ってもしかたがない。カンボジアの猫がニュージーランドに行くわけにはいかないのだ。
『置かれたところで咲きなさい』という意味の言葉を思い出す。発達障害とラベルを貼るか否かよりも、個々の子供あるいは人間が、生きやすさを感じられる社会であることが大事だと思う。子育てがなにかと困難に感じられ、それが発達障害を生みやすくしているとしても、先進国はもはや途上国には戻れないのである。だとしたら先進国においては、社会全体でケアをより充実させ、生きづらさを取り除くべく、人々の努力が求められているということだと思う。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>発見されているかどうかは、そこに「発達障害」と名付けなければならない事情があるからではないか。途上国にも潜在的にはいるはず、というご意見はあたっているかもしれないが、途上国ではべつにとりたてて「障害」というレッテルは必要ないということではないだろうか。たしかに途上国の「絆のある社会が子どもの育ちを守っているので、発達障害が生まれにくい」というこの筆者の説にも一理ある。健全な愛着が守られていれば発達障害にはならない、とこれは非常に端的に言っているので危険かもしれないが、そういうことがおっしゃりたいのだろう。<br />
『岩合光昭の世界ネコ歩き』という番組をご存知だろうか。あれを見ていつも思うのは「先進国の猫は太っていて、途上国の猫は痩せている」ということだ。GDPが猫の体重に比例しているのである。しかし重要なのは「その猫が幸せかどうか」だ。途上国の猫は好きに歩き回り、家の中に閉じ込められることもなく、近所の人全員に可愛がれらていたりするが、食べ物は貧しい。病気になっても獣医にかかることはないだろう。ワクチンも打っていないだろう。一方、先進国の猫は首輪をつけられ、生肉など贅沢なものを食べているが、衛生的で美しい家の中で一日中共働きで出かけているご主人を待っているのかもしれない。しかしここで、どちらが良くてどちらが悪いと言ってもしかたがない。カンボジアの猫がニュージーランドに行くわけにはいかないのだ。<br />
『置かれたところで咲きなさい』という意味の言葉を思い出す。発達障害とラベルを貼るか否かよりも、個々の子供あるいは人間が、生きやすさを感じられる社会であることが大事だと思う。子育てがなにかと困難に感じられ、それが発達障害を生みやすくしているとしても、先進国はもはや途上国には戻れないのである。だとしたら先進国においては、社会全体でケアをより充実させ、生きづらさを取り除くべく、人々の努力が求められているということだと思う。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		makimaki より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-76</link>

		<dc:creator><![CDATA[makimaki]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 23 Oct 2019 03:21:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[先進国の子育て環境は発達障害になりにくいという話は初めて聞いたので驚きです。たしかに
日本でも発達障害の子供は明らかにだんだん増えてきていますよね。子供との触れ合いか不足しているせいなんでしょうか…？子育て中に便利なスマホやパソコン、テレビについ頼ってしまいますが、気を付けようと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先進国の子育て環境は発達障害になりにくいという話は初めて聞いたので驚きです。たしかに<br />
日本でも発達障害の子供は明らかにだんだん増えてきていますよね。子供との触れ合いか不足しているせいなんでしょうか…？子育て中に便利なスマホやパソコン、テレビについ頼ってしまいますが、気を付けようと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		なっ君 より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-69</link>

		<dc:creator><![CDATA[なっ君]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 22 Oct 2019 23:48:41 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[発達障害は先進国で多いというのは、そのようなポジションに追いやられてしまっているという側面が強いみたいです。生き抜かなければいけない途上国ではすべての人間に役割が与えられていて、必要とされている事を感じました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>発達障害は先進国で多いというのは、そのようなポジションに追いやられてしまっているという側面が強いみたいです。生き抜かなければいけない途上国ではすべての人間に役割が与えられていて、必要とされている事を感じました。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		あう より		</title>
		<link>https://www.hattatu-shogai.com/news/not-call-developmental-disorder/#comment-67</link>

		<dc:creator><![CDATA[あう]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 22 Oct 2019 03:33:44 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[まだ発見されてないだけで潜在的にはたくさんいるはず。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>まだ発見されてないだけで潜在的にはたくさんいるはず。</p>
]]></content:encoded>
		
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